札幌グッドアワー教会

本ブログは、札幌グッドアワー教会のページ(http://www.goodhourch.com/)のコンテンツの一つとして運営されています。集会案内、牧師コラム、教会員の証し等々。

2008/02/17

神様の憐れみの目の向かうところ (2006年07月30日 西森牧師)

(本記事は、牧師コラム「天の窓」のバックナンバーを再掲載したものです。)


 1987年に喫茶グッドアワーがオープンしたときから数えますと、この地域で福音を証するようになってから来年の4月で20年になろうとしています。この間、様々な出会いを通して、神様の憐れみの目がどこに向かっているのかを、知らされて来ました。これは、大きな体験的な学びでした。今、教えられていることは次のことです。

 1 社会的に認められた人々以上に、心に課題を抱えている方々。
   (石蔵グッドアワーがそのような方々の回復のために現在用いられていることに、神様の心を知らされます。)

 2 華やかな大通りで働く方々以上に、多くの人間の汚れを背負い続けて来た地である薄野で働く方々。
   (2004年、5名の牧師らと薄野宣教ネットワークの働きがスタートしたことの意味は大きいことを覚えます。)

 3 死の問題の前に立たされておられる御年配の方々と、生きる意味が分からずに迷っている若者たち。
   (薄野への伝道は多くの迷っている若者への伝道でもあります。また、私たちの教会の周りには独居老人が多いことを知らされています。今教会の手前に建てられている大きなビルは、御年配の方のための施設です。)

 4 痛みの中にある(信仰を捨ててしまいそうになっている)クリスチャン。
   (神様は迷い傷ついているクリスチャンに対して、放蕩息子の父のように熱い愛で回復を願っておられます。)

 5 薄野の中の薄野とも言うことが出来る、国道36号線から南に位置する、36号線・創成川・豊平川で挟まれた三角地域です。そこには、薄野から役に立たないと捨てられた女性らが絶望の中生き続けて来た場所です。先週も触れましたが、そこに売春宿が現在もかなり存在しています。今年の4月から、その場所の上空にイエス様がいやしのマントを広げて降りてこようとしているというイメージが、私の心に常に与えられています。特に神様が今働こうとしておられる場所がこの三角地域であることを知らされています。
   (先週の金曜リバイバル祈祷会では、そこを祈りつつ歩いてから、教会に戻って心合わせてとりなしました。)

 そして、皆さん期待して下さい。これから、そのような方々が神様の愛を知り癒され、主の愛と癒しとリバイバルの器として札幌で北海道で日本で世界で、用いられるようになるのです。イエス様の時代にガリラヤで起こったことがこの時代にこの地で再現することを確信し祈ります。

  「苦しむ人、貧しい人は水を求めても得ず 渇きに舌は干上がる。
   主であるわたしが彼らに答えよう。
   イスラエルの神であるわたしは彼らを見捨てない。
   わたしは不毛の高原に大河を開き 谷あいの野に泉を湧き出させる。
   荒れ野を湖とし 乾いた地を水の源とする。」 (イザヤ41:17,18)

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